南山城跡(なんざんじょうせき) 失われた王国の記憶

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡とは

糸満ロータリーから約2.5Km東にある糸満市字大里の南山城跡(なんざんじょうせき)。
沖縄県糸満市大里の高台に広がる南山城跡は、琉球が三つの勢力に分かれていた「三山時代」に、南山王国の王城として栄えた歴史の中心地です。
12世紀後半に築かれ、14〜15世紀に最盛期を迎えたこの城は、1429年に中山王・尚巴志によって攻略され、琉球統一の舞台となった場所として知られています。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

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南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

現在の城跡には、琉球石灰岩を積み上げた石垣が残り、往時の姿を静かに物語っています。
石垣を包み込むように根を張るガジュマルの群生は圧巻で、自然と遺構が溶け合う光景はまさに神秘的。
風が抜ける丘陵地の静けさと相まって、訪れる人を歴史の深みに誘います。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

城跡の一角には、地域の人々に大切にされてきた南山神社があります。
ここには、歴代南山王の霊をはじめ、南山火ヌ神、山川御持火ヌ神、神元御持火ヌ神といった火の神々が祀られています。
琉球の火神信仰が色濃く残る場所で、拝殿の左右にも火ヌ神が祀られており、古来からの祈りの文化を感じられます。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

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南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

境内にはさらに、未(ひつじ)の干支の龍神として知られる仁天屋しろの大神を祀る御嶽もあります。
ガジュマルに囲まれたその空間は、強い霊気を感じるパワースポットとしても人気。南山城跡の歴史的な重厚さと、南山神社の霊域性が重なり合い、独特の雰囲気を生み出しています。

発掘調査では、中国製陶磁器や高麗青磁、グスク土器、鉄鏃、洪武通宝などが多数出土しており、南山王国が海外交易で栄えたことを示しています。
歴史好きにはたまらない資料性の高さも魅力です。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

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南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡と南山神社は、「歴史ロマン」と「沖縄の自然美」そして「琉球信仰の深さ」が一度に味わえる特別な場所。
静かな時間が流れる高台で、かつての王国の記憶に思いを馳せながら散策すれば、きっと心に残る旅になるはずです。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

見どころと遺構の特徴

石垣と城壁

現在残るのは城壁や遺構の一部のみですが、琉球石灰岩を積み上げた石垣が往時の姿を偲ばせます。
一部は後世に積み直されたものもありますが、自然と融合した景観が魅力です。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

ガジュマル群生

城跡内には「沖縄の名木百選」に選ばれたガジュマル群生があり、
石垣を包み込むように根を張る姿は圧巻で神秘的。

南山城跡(なんざんじょうせき)

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南山神社

敷地内には南山神社や拝所があり、
地元の人々が今も祈りを捧げる聖地として大切にされています。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山神社の拝殿 南山神社

西銘方按司御墓(左)・山川方按司御墓(右)

南山王国を支えた按司たちが眠る静寂の聖域
南山城跡の麓にひっそりと佇む 西銘方按司御墓(左側) と 山川方按司御墓(右側) は、かつて南山王国を支えた有力按司たちの墓として知られています。
按司とは、琉球の地方豪族・領主にあたる存在で、南山王国の政治や軍事を担った重要人物たちです。
この二つの御墓は、南山城跡の歴史的背景を象徴する遺構であり、王国を支えた家系の格式や信仰が色濃く残されています。

南山城跡(なんざんじょうせき)

西銘方按司御墓(左側)・山川方按司御墓(右側)

西銘方按司御墓(左側)

左側に位置する西銘方按司御墓は、石積みの外囲いと墓室が特徴的で、南山王国時代の墓制をよく伝えています。
墓前には平坦な参拝スペースがあり、かつては按司家の儀礼や祈りが行われていたと考えられています。

石材には琉球石灰岩が用いられ、風化しながらも重厚な存在感を保ち、長い年月を経た静かな威厳を感じさせます。

山川方按司御墓(右側)

右側にある山川方按司御墓は、西銘方按司御墓と対を成すように配置され、同じく格式ある按司家の墓として造られました。
構造は類似していますが、石積みの形状や墓室の造りにわずかな違いがあり、家系ごとの独自性や技術の差が見て取れます。

こちらも周囲を石垣で囲まれ、墓前には祈りの場が確保されており、按司家の精神文化を今に伝えています。

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

二つの御墓が語るもの

西銘方按司と山川方按司は、南山王国の政治を支えた重要な家系であり、
この二つの御墓は 「南山王国の支配構造」 を象徴する存在です。

・南山王国の有力按司が並んで祀られている
・王城である南山城跡と密接に関係
・墓の造りから当時の権威や信仰が読み取れる

静かな森に包まれたこの場所は、観光地として派手さはありませんが、歴史の深層に触れられる“通好み”のスポットと言えます。

仁天屋しろの大神の御嶽

南山城跡の中でも特に神秘性が高いとされるのが、この御嶽。
ガジュマルの木々に包まれた空間は、まるで時間が止まったかのような静けさに満ちている。

祀られているのは、未(ひつじ)の干支を司る龍神・仁天屋しろの大神。
琉球神道における龍神の系譜に連なる存在で、古くから地域の守護神として信仰されてきた。
訪れると、風の音さえ神聖に感じられるほどの空気感がある。

南山城跡(なんざんじょうせき)

仁天屋しろの大神の御嶽

南山城跡(なんざんじょうせき)案内板

糸満市教育委員会 平成十三年三月

南山城は琉球三山分立時代(14世紀頃)に栄えたグスクです。南山は明国と交易を盛んに行い、財源を得たり、明文化を移入したりして城を中心に南山文化を築いていました。
15世紀になって中山王尚巴志に滅ぼされるまでの朝貢回数は22回を数えます。

1984年、発掘調査が市教育委員会によって行われ、中国製陶磁器やグスク系土器の他、備前(びぜん)焼きスリ鉢、鉄鏃(てつぞく)、ガラス製勾玉(まがたま)などが出土しています。
これらの遺物から南山城は13世紀頃に築かれ、14~15世紀前半が特に栄えていたことが分かりました。
南山の東方には水豊富な「カデシガー」、北方には源為朝と王の妹との逢引場所だと伝わる「和解森(わだきなー)」があります。

南山城跡(なんざんじょせき)の案内板

南山城跡の案内板

南山城跡
-Nanzan Castle ruins-

沖縄の歴史の三山時代に栄えた南山王の居城跡。
地元では南山グスクとよばれ、12世紀後半に築かれ、出土した陶磁器などの遺物から、14~15世紀に栄えたグスクであることがわかる。
現在は城壁と遺構の一部を残すのみで、遺跡の大半は市立高嶺小学校の敷地内にある。

This is the castle where the king of Nanzan livedith the period of the three kingdoms in Okinawan history. The ruins of Nanzan Castle are called Nanzan Gusuku locally. The castle was built in the second hall of the 12th century. and from ceramics and other relics unearthed here, it’s understood that the castle liourished freisthe 14th to the 15th century. Today only the walls and some other parts in, and the majority of the ruin Bes within the grounds of Takarmine Elementary School.

平成28年2月
この付近の避難場所 高嶺小学校・高嶺中学校
Evacuation Area
Takamine Elementary SchTakamine Middle School

南山城跡(なんざんじょうせき)

南山城跡(なんざんじょうせき)

観光名所 南山城跡(なんざんじょうせき)

南山グスク
南山城(なんざんじょう)
高嶺城(たかみねじょう)
高嶺大里城跡(しまじりおおざとじょうせき)
島尻大里城(しまじりおおざとじょう)
住所 〒901-0325 沖縄県糸満市字大里1901
電話番号 098-840-8137(糸満市観光商工課)

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コメント

  1. 匿名 より:

    さいこー

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