嘉手志川 南山を潤した「恵泉の龍」
沖縄県糸満市大里の静かな集落の奥に、今も澄んだ水を湧き続ける泉がある。嘉手志川(かでしがー)。
古くから「ウフガー(大井泉)」として人々の暮らしを支え、豊かな水量から「恵泉の龍」とも呼ばれてきたこの泉は、南山王国の歴史と深く結びついた特別な存在である。
嘉手志川の水は驚くほど透明で、底の石がはっきり見えるほど澄んでいる。
浅瀬から深場まで自然の形を残したまま広がり今では子どもたちの水遊び場として親しまれているが、その背後には長い歴史と伝承が息づいている。
南山王国を支えた命の泉
三山時代、南山王国の中心にあった南山城(現在の糸満市大里)は、周囲に大きな河川を持たない地域に築かれていた。
その城下を潤し、農地を支え、住民の生活を成り立たせていたのが嘉手志川である。
水が乏しい沖縄において、安定した湧水は国の命運を左右するほど重要だった。
嘉手志川はまさに南山の生命線であり、王国の繁栄はこの泉の存在によって支えられていたといっても過言ではない。
南山滅亡を招いた「金屏風交換」の伝説
嘉手志川にまつわる最も有名な伝承が、南山最後の王・他魯毎(たるみぃ)に関する物語である。
中山王・尚巴志が持つ豪華な金屏風を見た他魯毎は、その美しさに心を奪われた。
そしてなんと、国の命を支える嘉手志川と金屏風を交換してしまったというのである。
この決断に民衆は大いに失望し、王への信頼は失われた。
やがて南山は衰退し、中山に滅ぼされることになる。
この伝説は、嘉手志川がどれほど貴重な水源だったかを象徴的に物語っている。
名称の由来 ― 「カデシ!」と喜んだ声
嘉手志川の名には、もう一つの温かい伝承がある。
干ばつに苦しむ村人たちを、一匹の犬が導いた場所から水が湧き出した。
その瞬間、人々は思わず叫んだ。
「カデシ!(素晴らしい!めでたい!)」
この喜びの声がそのまま泉の名になったとされる。
「ガー(カー)」は沖縄方言で井泉を意味し、カデシガー=嘉手志川となった。
生活文化を支えた共同の水場
嘉手志川は、長い間地域の生活に欠かせない場所だった。
・洗濯
・飲料水
・農業用水
・生活の交流の場
として、住民が集い、助け合いながら利用してきた。
現在も地域の人々が清掃や保全活動を続けており泉は昔と変わらぬ姿で守られている。
現在の嘉手志川
現代の嘉手志川は、自然の美しさを残しながらも安全に利用できるよう整備されている。
・透明度の高い天然プールのような湧水
・小魚やエビが生息し、自然観察ができる
・浅瀬が多く、子どもでも遊びやすい
・夏場は涼を求める家族連れで賑わう
地域の人々にとっては憩いの場であり、訪れる人にとっては沖縄の自然と歴史を感じられる貴重なスポットとなっている。
嘉手志川は、南山王国の歴史、地域の生活文化、そして自然の豊かさが一体となった「命の泉」である。
伝承に彩られたその水は、今も静かに湧き続け、訪れる人々に清らかな時間を与えてくれる。]
嘉手志川 -Kadeshiga-
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南山繁栄を支えたといわれる泉。「琉球国由来記」にも記述がある嘉手志川は、宇大里ではウフガーと呼ばれ、ンブガー(産井泉)として大切にされている。 豊富な水量を誇り、古くから周辺地域に豊かな恵みをもたらしてきた。普段でも拝む人が多く、他地域からも相当数の字大里の門中や南山にゆかりがある人々が訪れる。
This spring is said to have supported the prosperity of Nanzan. Kadeshiga is recorded in the Origins of the Ryukyu Kingdom. In Ozato it was known as ‘Utuga’, and it was prized as a well for the first bathing of a new born, It produces a large volume of water, and from ancient times, it contributed to the blessings of the surrounding area. Many people come to worship here, and people from other districts with connections to Ozato or Nanzan come to visit as well.
糸満市平成28年2月
この付近の避難場所 高嶺小学校・高嶺中学校
Evacuation Area Takamine Elementary School/Takamine Middle School
灌漑整備記念の碑(かんがいせいびきなん)
-Irrigation System Commemoration Monument-
嘉手志川は、「琉球国由来記」(1713年成立)にも記述がある由緒ある泉で、大里ではウフガーと呼ばれ、ンブガー(産井泉)として大切にされてきました。豊富な水量を誇り、古くから周辺地域に豊かな恵みをもたらしてきました。
この石碑は、1930(昭和5)年から翌年にかけて行われた灌漑整備事業を記念して建てられたもので、「灌漑整備記念」と刻まれています。
東に面する碑の正面には、沖縄戦による弾痕がいくつもあり、与座岳をめぐる激戦の様子が偲ばれます。
Famously annotated in the Chronicles of the Ryukyuan Kingdom (circa 1713), Kadeshiga is a wellspring called Ufuga (Big Spring) in the local Osato area, revered as waters used to bathe new born babes. As an abundant source of water, the spring and its flows have long provided the local area with the blessings of rich crops.
Commemorating the irrigation system built and completed over 1930 to 1931, the monument’s inscription says Commemoration of the Irrigation System.
The east face of the monument bears numerous scars from bullets, testament to the ferocity of the fighting at Yozadake.
| 名所 | 嘉手志川(カデシガー、恵泉の龍) 灌漑整備記念の碑(かんがいせいびきなん) |
|---|---|
| 住所 | 〒901-0325 沖縄県糸満市大里 |
| 電話番号 | 098-992-4121 |
| 駐車場 | あり |
















