運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天森園地 うんてんもりぞのち

運天森園地(うんてんもりぞのち)

絶景が見れる穴場スポット 運天散策道

運天港の近くに絶景スポットがあるというので行ってきた。
完全なる穴場だけれども結構立派な駐車場があり、5台くらい停められる。

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

想像以上に、草が生い茂っていた。そしてバッタがお出迎え。
散策道と言う割に、展望台までの距離はそんなに無い・・・

けど、のんびり歩くこと、数分・・・。
展望台の前には看板。

展望台につくとこんな絶景が!古宇利大橋が一望出来る。
運天港とワルミ大橋もまとめてみることができる。

展望台から見る古宇利大橋

展望台から見る古宇利大橋

運天散策道(うんてんさんさくどう)とは

今帰仁村の運天港近くに展望台があり、そこは古宇利島に架かる古宇利大橋や屋我地島と運天を結ぶワルミ大橋が一望できるスポットです。
駐車場の横に天散策道(うんてんさんさくどう)と書かれた石碑が目印で、その細い道を歩いて5分進んでくと、赤瓦の展望台に到着します。

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天散策道(うんてんさんさくどう)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

赤瓦の展望台の手前には運天森園地(うんてんもりぞのち)と書かれた大きな案内板が目に付きます。
ここは運天港(うんてんこう)はもちろん古宇利大橋(こうりおおはし)、ワルミ大橋(わるみおおはし)がよく見える絶景スポット!

運天森園地(うんてんもりぞのち)

運天森園地(うんてんもりぞのち)

運天森園地(うんてんもりぞのち)は沖縄海岸国定公園に指定されている公園で、展望台にはテーブルやベンチがあるので絶景を見ながら休憩もできます。
付近にはティラガマや百按司墓などの史跡も沢山あり、史跡を巡りながら自然と絶景を楽しんでみてはいかがですか?

運天の村内集落と古墓群(展望台)

運天のムラウチ集落には今帰仁間切(なきじんまぎり)(後の村)の番所(役場)跡がある。平成17年まで古宇利島へのフェリー着地港であった。近世には穀物(こくもつ)などの積み出し港で、上納物(じょうのうぶつ)の集積場(しゅうせきば)であったコバテイシが一本残っている。ムラウチ集落へのトンネルが大正13年に開通した。集落内に神アサビが大川(うふがー)などがある。また、集落の東側の崖の中腹(ちゅうふく)には古墓がいくつもあり、かつては板やチニブで閉じられていた。それと歴史的な百按司墓(むむじゃなばか)や大北墓(うーにしばか)や大和人墓(やまとぅんちゅーばか)がある。対岸の屋我地島(やがじじま)にはオランダ墓(1846年)があり二人のフランス人が葬(ほうむ)られている。

運天トンネル

運天トンネル

運天トンネル

運天隧道(トンネル)は大正13年(1924年)に竣工した。運天港付近には大正5年(1916年)まで今帰仁間切(村)の番所(役場)があり、今帰仁の行政の拠点となった場所である。大正5年ごろから郡道整備がなされたが、それから沖縄本島北部に車が往来するようになり、物資の運搬の主役が海上から陸上に移り変わっていく時代である。急な坂道を通って往来していた人々にとって、トンネルの開通は恵みであった。
平成8年(1996年)2月に全国的な調査があり、運天トンネルの内外に不規則な亀裂、また小規模の崩壊や落石などがあり、緊急に対策を必要とした。運天の果たした歴史やムラの人たちの重要な生活道路としての機能などを鑑み、また安定度などを考慮して補修が進められ、現在の姿になった。

運天トンネルの後ろ側

運天トンネル

運天トンネルの中から見た写真

運天トンネル

運天トンネルの案内板には詳細が細かく書いている

運天トンネル

トンネル名 運天トンネル
事業年度 平成9年(1997年)2月着工、同年10月竣工
道路規格 3種5級
施行工法 NATM工法
トンネル延長 17.5メートル(トンネル15.5メートル、坑門1.0メートル×2箇所)
トンネル内道路幅員 5.0メートル(車道部4.0メートル)
トンネル内高 4.0メートル



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観光名所 運天森園地(うんてんもりぞのち)
運天散策道(うんてんさんさくどう)
住所 〒905-0403
沖縄県国頭郡今帰仁村運天36
駐車場 あり 4~5台

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